奴隷制は一個の人格が他の人格 「歴史・アメリカ・社会」

その労働力を所有し、支配・搾取する制度であり、所有された人格は、ローマのウァルローが奴隷を「ことばをしゃべる道具」instrumentum vocaleとよんだように、その人格性を否認され、物とみなされる。

この直接生産者である奴隷を、奴隷所有者が所有し、暴力的に支配して強制的に物質的生産を行わせることを、奴隷制生産方法とよぶ。

奴隷制は、古代社会において、オリエント、インド、中国、日本、ギリシア、ローマなどで存在したが、近代においても南北アメリカや植民地などのプランテーションで存在しえた。

一つの社会の物質的生産において、奴隷制が決定的な役割を果たした社会を奴隷制社会とよぶが、こうした意味では古代社会こそが奴隷制社会であり、原始社会の崩壊とともに成立した最初の階級社会であると把握された。

しかし、オリエント、中国、日本などの古代社会では、奴隷は存在するが、彼らは生産の重要な部分を担当したとはいえず、農民が国家によって奴隷制的に把握された総体的奴隷制allgemeine Sklavereiであるとされている。

同じ奴隷制社会といっても、奴隷制が典型的に展開したギリシア・ローマの社会とは異なった特徴をもっている。

しかし、この奴隷制把握に太田秀通は異議を唱えている。

太田は奴隷制概念を検討し、奴隷を従来の把握に加えて、共同体との関係でとらえ、自己の共同体を失った隷属民を奴隷、共同体をもつ者を隷属農民として範疇的に区別した。

この見解では、従来、総体的奴隷制ととらえられていたオリエントなどの古代社会は、この隷属農民を主要な生産者としているので、マルクスが『経済学批判』の序言で表示したアジア的生産様式として規定されている。
update:2009年12月12日